自治体情報政策研究所IT革命・電子自治体構想と情報民主主義 5

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5.ITで組織は変わるか

 よくインターネットで組織が変わると言われるときに例に出されるのは、中間管理職がなくなるという話です。流通でいうと問屋ですね、こういうところがなくなるという話がよく出されます。しかし、私がここでお話ししたい組織というのは、中央集権的にするのか、分散的にするのか、分権的と言った方が良いかもしれませんが、どちらを選ぶべきか、すなわち、社会の進歩の点から見てどちらがより合理的かという問題です。
 インターネットは午前中の黒田先生のお話しにもありましたように、核戦争を想定して、集中点を作らずに、分散したまま、それぞれが勝手気ままに振舞いながら、全体として協調して動くシステムとして開発されてきました。こうした性格をもつが故に、急速に発展し、世界に広がってきたわけです。
 ところが、どうも日本政府は、このインターネットの技術を使って一極集中のシステムを作ろうとしているようです。1つは総合行政ネットワークです。全国3,300の自治体と霞が関の省庁とを全部結んで、文書を無くして、全部電子情報でやりとりしようというシステムです。これで、自治体と中央省庁、また自治体どうしの情報のやり取りは完全に一元化されてしまいます。
 どこまで将来行われていくのかわかりませんが、とことん行ってしまえば、各自治体ごとの業務に関する特色が出せなくなる可能性があります。自治体として特別なことをやれば、省庁に報告するときに、入力すべき画面がないわけです。逆に、省庁が自治体にやれと言っているのに、「いや、うちの市はやってません」ということになった場合には、記入なしを理由に入力エラーとして、はねられる可能性もあるわけです。これはコンピュータのシステムの問題ではなくて、政府が意図的にするわけですけれども、あんたとこは何でしないんだということになる。そういうことも可能性としてはあるわけです。政府の作った枠に全ての自治体が押し込まれていくことになります。
 それから、ごまかしが一切きかないわけですね。ごまかすのがいいのかどうかわかりませんけれども、補助金を一円でも多く国から取って来るというのは、どこの首長さんでも苦労されてることです。けれども、電子化されると、ごまかすのが大変になります。もしも、優秀なハッカーが霞が関の国家公務員として働いていたら、このネットを通じて二重帳簿してないかどうか調べに来る可能性だってあるわけです。
 また、自治体間の通信の秘密が守られない可能性もあります。首長が、隣の市の首長に出した私信のメールが全部、中央省庁に筒抜けになるかもしれません。政府の施策に批判的なことでも書いていたら、どんなしっぺ返しがあるかわかりませんね。こうなってくると、地方自治というのは一体どこに行ってしまうんだろうかと不安になってしまいます。
 住民基本台帳ネットワークは、もっとひどい代物です。今まで市町村が管理してた住民票を都道府県で一旦管理して、これをさらに全国レベルで管理するということになるわけですが、完全な管理社会になる可能性があります。このシステムの眼目は、私はICカードだと思います。今日の昼休み、デモンストレーションで日立の方がやられてました。あれ職員証ということで話されていましたけれども、あれは職員証じゃないんですね。金をつぎ込んで、わざわざ職員証を開発されているいるわけではないでしょう。あれは住民カードなんですよ、国民証なんですよ。要するに全国1億2千万人に配ることを前提として開発されているわけです。あの職員証は将来、もうほんの数年先には、みんなが携帯せざるを得ない国民証なり住民証になる。そうすると、「住民票をどこででも、自分が住んでる市以外のどこの役所でもとれるようになります」なんていう話は、ふっ飛んでしまうわけです。住民票はいらなくなるわけです。住民がICカードを持ってれば、それで自分自身が証明されるわけですから、住民票を改めてとる必要は全くなくなります。そうなると、ICカードの中に、個人に関する情報が全部入ってきます。健康保険も、年金も、税金も、介護保険も、医療カルテも、母子手帳も、図書カードも、免許証も、便利だということで、全部1枚のカードに収められます。これは単なる夢物語ではありません。政府は、様々な個人情報を載せたICカードの実証実験を今年の秋には開始する予定です。舞台にする自治体は、既に公募で決まっています。
 昼休みのデモで、日立の方が言ってましたね、このICカードは、クレジットカードと一緒になっていて、社員食堂でも支払いに使えますって。クレジットカードの機能を付ければ、どこで何を買ったという情報も入れることが可能になります。今日の昼、何を食べたかも記録できるわけです。そんなものまで、記録されると困ると言われるかもしれませんが、それもうまいこと言いくるめれば済むわけですよ。毎日、昼に何を食べたかを記録しておけば、カロリー計算ができますよとか、医療カルテと合わせれば健康チェックもできますよというようなことをセットで提案すれば、岡山市はどうか知りませんが、のってくる自治体だとか、住民がいると思うんですね。そこにポンと補助金でも出しますってということになったら、自治体は最近、どこでもお金がありませんから、「ハイハイ」といって手を上げるところが多いでしょうね。こうなってくると、我々のプライバシーは、一体どうなっていくのかと心配になりますね。カードを落としでもしたらたいへんです。生まれたての赤ちゃんから、痴呆性の老人まで、みんなが持つのですから、管理がたいへんですね。
 こうしたプライバシーの問題の他に、もう一つは、一極集中すると弱くなるのではという危惧があります。もうソ連もないですから、日本に向かって核ミサイルが飛んでくるということは、あまり現実的ではありませんから、別に一極集中してもどうってことないと思われるかもしれません。けれども、日本には地震もあるわけですし、毎年、台風もやって来ます。この間の名古屋の水害では、コンピューターが水につかって、たいへんだったということもありましたね。一極に集中すると、災害などに対して非常に弱くなる可能性があるわけです。
 最近ちょっと聞かなくなりましたが、NTTドコモのiモードですが、一時、不通になることが多かったですね。あれはセンターが東京に1つしかなくて、そこへ全国の通話が全部集中してたのが原因の一つだと言われています。最近は、センターを複数にすることで解決を図っているようです。どうしてもセンターを作ると、そこがこけると全てがこけてしまう。だから、一極に集中するっていうのは、危険を伴うわけです。
 とにかく、情報を集中すればするほど、日本社会は脆弱になっていくのではないかと思います。e-Japan戦略のやり方では、政府や財界の思惑に反して、低迷状態から浮上するどころか、逆に弱い日本ができるかも知れません。日本をつぶそうと思っても、ミサイルは要りません。優秀なハッカーを雇って、住民基本台帳ネットワークの中央サーバーに侵入し、データを全部消してしまえば、日本国民は、一遍にゼロになるわけです。ある意味全滅ですね。これは、データのバックアップを取っとけば良いと言うようなレベルの話ではありません。情報の改竄も、盗み出しの可能性も考えられるからです。
 それから、今、日本社会が曲がりなりにも進んでるのは、いい意味での分散が背景にあるからだと思います。例えば、この岡山市でも市長さん、職員のみなさん、住民のみなさんが、それぞれ自分の頭で自分たちの「まち」をどうしようかと考えて、主体的に、色々とやられていると思います。それは言ってみれば、自立的分散、すなわち分権なのですね。多少の凸凹はありますけれど、全国の自治体3,300がそれぞれ分散して、やっているから社会が発展しているのだと思います。これが何でも一極に集中していくことが、果たしていいのかどうかです。地方分権の議論に、あれだけエネルギーを注ぎ込んだのは、ついこの間ですね。それが、ITになった途端、効率化・簡素化を錦の御旗にして、何でも中央に集中し、一元化しようでは、あの議論は何だったのかと思います。
 もっともインターネット自身が、自動的に情報の一極集中をもたらすのかと言うと、決してそんなことはありません。午前中のお話にもありましたように、インターネットは、一極集中とは、本来、対極にあるものなのです。危険回避のために、分散させようと考えたことが、インターネットを生み出したのです。それからもう一つは、コンピューターをみんなで使おうということですね。また、電子メールで情報をやりとりしようと。そこには何があるのかって言えば、ギブ・アンド・テイク、お互いさまという民主的な、平等な人間関係ですね。だれか一人偉い人がいて、そこに情報も権力も集中させようというような考えで、作られてきたわけではありません。これは、思想的な問題に留まらずに、技術的にそうなっているのです。
 こうしたインターネットの技術を利用しながら、日本の政府が考えてるような一極集中のシステムを成立させることは果たして可能なのでしょうか。破綻するような気がしてなりません。ものすごい国費を注ぎ込みながら、ダメでしたとなるのではないか、また、いつまでたっても完成せず陳腐化してしまう可能性もあるんではないかと、そう思います。むしろ、インターネットには、自立的分散と、民主的な手法による合意と、平等性に基づく協調ですすめる地方分権こそ相応しいのではないでしょうか。
 もう一つ、組織が変わるということに関わって、一極集中に対するものとして考えいることがあります。最近は、どこの自治体でもホームページを作っていますが、自治体がホームページを作り出したころは、中身は市勢概要のようなものでした。市役所の職員でしたので、経験があるのですが、どこかに出張するときに秘書課か広報だったかへ行きまして、市勢概要を1冊もらいます。それ持って出張先、まあどこかの市役所へですけれども、行くんですね。私の勤めていたのは、大阪の松原市ですから全国的には全然有名じゃないんですよ。同じ大阪府内の市でも「堺市です」とか言えば、「ああそうですか」とか言ってもらえるかもしれませんが、「松原市? どこですか、静岡ですか」とか言われるのが落ちです。ですから、出張先に市勢概要を持っていくわけです。
 以前は、こうした市勢概要をそのままホームページに載せているところが多かったですね。市長のあいさつがあって、どんな施設があるのかなんかをごく簡単に並べて、あとは市の花、市の木とか、市の歌とかですね。こういうのがホームページに載っていたんです。これでは、おもしろくありません。役にも立ちませんしね。しかし、スタートは、こんな状態でした。その頃は、ホームページとかインターネットなんて言っても、職員はほとんど見たりしませんし、首長さんも全然理解してない時代です。たった二、三年前の話なんですが。この頃は、所管は、新しい仕事ということで企画部門だったり、コンピューターに関係するということで電算部門だったりしたことが多かったと思います。
 しかしですね、こんなホームページでは評判はよくありません。役に立つ情報をもっと載せていくべきじゃないかという声も上がってきます。職員からも住民からもですね。そうこうする内に、ホームページは、住民への広報ではないかというように意識が変わってくるわけです。広報紙でやっていた住民への広報を今度はホームページでもやろうという話になってきます。広報としての期待が強まるんですね。
 こうなると、企画部門から広報部門に、所管が移動します。広報紙の記事をそのままホームページに、コピーするようなことからまず始まります。この時点に留まっている自治体もまだまだ多いと思いますが、まじめにですね、ホームページで市民に情報提供しようとすると、載せることがどんどん増えてくることになります。色んな課の職員が、広報のホームページ担当者に、これを載せてくれと、紙に書いて持って来るのですね。それを広報課の職員が、パソコンに向かって一々打つわけです。ホームページはリアルタイムで更新できますし、広報紙のように締め切りもありませんから、その内、のべつ幕なしに原稿を持って誰かがやってくるようになるでしょう。こうして依頼される量が増えてくると、これはもうたいへんです。せめて、紙に書かずにフロッピーで持ってきてくれとか、そういうやり取りも起きるでしょうね。
 こうして載せたいことがどんどん増えてくると、広報の職員のみなさんが、どれだけ頑張っても、やがて追いつかなくなります。広報だけでは抱え切れないホームページの更新作業を全庁的に広げていこうという段階になります。作成は各課で、全体の管理や調整は、広報とか電算管理部門でやろうという時代ですね。岡山市の場合は、昨日、見せていただいたんですけれども、既に、こうした段階に入っているようです。
 ところが、この時代になると新たな問題が出てきます。何が出てくるのかと言うと、各課ごとの違いです。大阪のある自治体のホームページですが、中々おもしろいですね。この市では、各課でそれぞれページを作っているようで、市民税については非常に詳しく書かれているページがあります。税額の計算の方法から、納付の方法、所得税との違いだとかですね。それで、これはなかなか大したもんだなと思い、次に固定資産税のところをクリックしてみたんですね。ところが、「固定資産税とは、家屋、土地、償却資産にかかる税です」ぐらいしか書いていないんですね。これでは「どうなっているの」と首を傾げざるを得ません。この市の場合は、市民税課と固定資産税課だったと思いますが、それぞれがページを直接作っているのですが、どうもホームページに対する温度差があるようです。市民にどんな情報を提供しなければならないかという使命感といいますか、気持ちが、全然違うわけです。もちろん、気持ちだけじゃくて技術の問題もあるのかもしれません。固定資産税課には、ワープロすら打てる職員が一人もいないのかもしれんね。最近のホームページ作製ソフトであれば、ワープロが打てれば、誰でもページが作れると思うのですが、固定資産税のみなさんは、ワープロすら打てないのかもしれませんね。信じられない話ですが。
 このように、ホームページのレベルがバラバラになっていると、市民から見ると非常に使い勝手が悪いわけです。そこで、統一しよう、一定のレベルに合わそうという話が出てくると思いますが、問題はそこにあるんですね。改善のために、どういった手だてをとるかにですね。これまで、住民に対する対応がバラバラで問題となった場合には、強力な指導者や、権限を持った課などが出てきて、強引に合わせるという方法をとってきたわけです。それでずっとやってきたわけです。
 他の部署の業務内容や仕事のやり方を知ることは、中々困難ですが、ホームページの内容については、お互い自由に見ることができますし、比較することも簡単にできます。1人1台のパソコンになって、職員全員がメールアドレス持つようになれば、「うちの課ではここまで載せているけれども、おたくでは、ここまでしか載せてないのはちょっと具合が悪いのでは」といったメールが、簡単に出せるわけですね。まあ現実には、怒らせない程度にうまく書く必要があるとは思いますが。相互に点検しながら、意見を出し合うことができる可能性があるわけです。メーリングリストとか電子掲示板を使えば、時間と場所を決めて一々集まる必要もありませんから、現実性はあるでしょう。もちろん住民からも、メールはやって来るでしょうから、これも参考にすれば良いと思います。
 一般の業務でこういうことをすると、「人の仕事に口を出すな」というのが、だいたい世間相場です。しかしですね、ひょっとすると、ホームページをみんなで一緒に立ちあげる、職員全体で市のホームページを作っていくということを進めれば、変わってくるのではないかと思います。組織のあり方がひょっとすると変わってくるんじゃないかなという期待ですね。これは、私の勝手な、そして非常に淡い期待なのかもしれませんが。
 インターネット自身は、もともとは勝手ばらばらであったネットワークをお互いに結びつけるために、知恵を絞りあって、ルール作りを参加者自ら進めてきたわけです。もっとも、作られたルールは、絶対に守らなければならないわけではありません。強制力を持った人も組織もいません。しかし、守った方がお互いのためになる、情報交換に有利だということで、自主的に守ってきたわけですね。
 ですから、こうしたインターネットの精神を受け継ぐなら、ホームページ作りにしても、一極集中型にして、権力のあるものに管理させるのではなくって、民主的に議論し、合意を図って、全体として、みんなで管理していく、進めていくようにしたほうが、適っているのではと思います。ホームページ作りから出発したこうした仕事のやり方が、職員が経験を積むことによって、住民へのサービス全般に、将来的に、広がっていく可能性があるんじゃないかと期待しているわけです。福祉がこういう仕事をしているけれども、この仕事の趣旨を生かして、教育の方でもこういうことができないかというような話を、職員どうしが、日常不断にやっていける可能性があるんではないかと、たいへん楽観的な考えですが、私はそう思っています。

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