![]() | IT革命・電子自治体構想と情報民主主義 4 |
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政府の考えている電子自治体構築の主な目的は、行政の簡素化、効率化です。確かにむだな支出、むだな税金の使い方をやめてほしいというのは、これは多くの国民の一致するところだと思います。ほとんどの人は税金をむだに使ってもらいたくないと思っているでしょうから、これは一致できるところでしょう。しかし問題なのは、これをとことん追求していくことが、本当に良いことなのかということです。
行政への申請や手続きなどは、これからインターネットでもできるという時代に向かっていくわけです。そのときには、住民みんなが使うように、インターネットの方が便利だとか、インターネットの方がより簡単だというようにする必要があります。市役所へ時間をかけてでも行った方が、簡単に手続が済むようであれば、だれもインターネットで電子市役所にアクセスしません。インターネットの方が、窓口より簡単という時代を演出することになるでしょう。しかし、こうなれば、インターネットにアクセスできるかどうかで、市役所から受けることのできるサービスに格差が生じることになります。
そして、その次にやってくるのは、「しかできない」時代です。これはインターネット経由でないと、申請などの手続が全くできない時代です。窓口での面談による対応だとか、郵送などによる文書による対応だとか、全部残したままにしておくと、インターネットの窓口と二重投資になってしまいます。片一方で人員の配置もしながら、窓口も残しながら進む、もっと言うなら建物も残しながら、片一方でインターネットにも経費をかけていくというなことは、効率化という考えからは、絶対に成立しないわけですね。当然廃止されるのは、役所の窓口の方であって、電子市役所ではありません。
「しかできない」時代を迎えるとするなら、考えなければならないのは、国民全てが、インターネットにアクセスするようになるかということ、岡山市民全員が本当にインターネットにアクセスするようになるのかということです。
アクセスしたくない人々というのが残るのではないかという危惧が、最近アメリカではぼちぼち出てきています。レジュメに、フーズ・ノット・オンライン57%云々というのを載せていますけれども、これはアメリカの民間企業が昨年の9月に明らかにした資料です。これによりますと、インターネット先進国のアメリカですら9,400万人、すなわち成人人口の約半数がインターネットに接続を持っていないことがわかります。
アメリカですら、まだ半分なのかという気もしますが、ここで問題なのは、使っていない人のうちの57%が今後も使うつもりがないと答えていることです。先ほど日本の調査でも言ったような経済的な面もあるかとは思いますが、計算してもらえばわかりますが、全人口の約3割が、今後も使うつもりがないと言ってることになります。また、国民の38%に当たる7,000万人がコンピューターを全く使っていないということも出ています。すごい数ですね。アクセスしない人は、アクセスしている人に比べて、どういう性格なのか、どういう傾向を持っているのかというと、社会生活で他人とのつながりや他人への信頼感が薄く、プライバシーを乱されることへの不安が大きい人々・・・・・・、アクセスしない人に対して、何か悪意を含んだような表現になっていますが、これは私が言っているのではなくて調査報告に書いてある言葉です。全員が全員こういう傾向の持ち主なのかどうかはわかりませんが、インターネットにアクセスしたくない人たちが一定数残ることは確かでしょう。
他人とつながったり、他人が言うことを信頼してない人、ここでいう他人というのは近所の人とか、役所の人間とか、そういう人も含めての話ですが、こういうタイプの人でしたら、直に聞いた話しでも信頼しないでしょうから、インターネットのようなどこのだれが書いたかわからないような情報は、一切信頼しないということでしょう。こういう人たちが残り続けるのではないかということが、そろそろ問題になってきているわけです。これまでの政策は、普及率100%を前提にして進められてきたわけですけれども、100%にならないのなら、どうするのかということが、おそらく今後、問題になってくるのではと思います。
それからもう一つ、情報へのバリアフリー化、ユニバーサルアクセスの確保の問題です。なんかカタカナばっかりで申しわけないんですけども、インターネットなどの電子化された情報へのアクセス、すなわち情報を見に行くときに障害があってはならない、もし障害があるなら、それをなくそうというのが、情報へのバリアフリー化ですね。それから、ユニバーサルアクセスというのは、だれでもが平等に情報に接触することができるようにすることですね。
視覚障害者の方でもインターネットのホームページを利用することができます。ホームページには、ご存じのように文字とか画像が書かれているのですから、目が見えなければどうすることもできないと思われるかもしれません。しかし、書かれた文字を読み上げ音声に変換するソフトがあります。また、ウインドウズの搭載されたパソコン自身を視覚障害者の人が使えるように、状態を音声で伝えるソフトもあります。こうしたソフトがあれば、視覚障害者の方もパソコンを、またインターネットを使うことができます。ホームページを読み上げるソフトは、IBMなどから1万数千円程度で販売されています。そんなに高くはないので、まあちょっとやろうという気のある人なら買えるでしょう。パソコンと、こうしたソフトがあれば、インターネットを通じて、視覚障害者の世界がパッと広がるのです。これは、画期的なことです。コンピュータ技術の発展の成果ですね。
ところが、ホームページに書いてあるのは、全部が文字じゃないですよね。画像がたくさんあるわけです。特に意味のないようなイラストだとか、別に知る必要もないような画像、それがなかったら必要とする情報が欠落するというものでなければ別に構わないんですけれども、一番肝心なところに画像を使っているホームページも多いですね。個人が趣味でやられてるのは全然構わないんですが、自治体のホームページでも結構こうしたものが多いようです。どういうところが画像になっているのかと言いますと、例えば「○○市役所のホームページです」というところが画像になっているのです。「○○市役所のホームページへようこそ」などと書かれたところを、文字のままにすると固く見えるわけですね。どうしても影をつけたりとか、文字が飛び出して見えるようにとか、こう波を打ったりだとか、きれいな模様をつけたりしたがるわけですね。中にはアニメーションを使っている所もあります。こうなると、視覚障害者の人は自分が開いているのが自治体のホームページであるのかどうか認識することすら、たいへんになってしまいます。こうしたホームページを作っている人たちは、視覚障害者の人が見る、正確には読むわけですが、そういうことがあることを全く知らないのでしょう。それで、平気でこんなことをやっているのでしょう。こうしたホームページが、世界的に今、問題になってます。日本の自治体のホームページが世界的に問題になっているのではなくって、画像を使うことのほうですが、問題になっています。
ホームページの作り方などを決めるW3C( World Wide Web Consortium )という世界的な組織があります。そこから、視覚などの障害を持つ人も使いやすいホームページを作るための指針、ガイドラインが出ています。日本でも、郵政省と厚生省が一緒になって、「インターネットにおけるアクセシブルなウェブコンテンツの作成方法に関する指針」を出しています。これらの指針には、どう作れば視覚障害者なども、ホームページを使えるのか具体的に書かれています。こうした指針に従えば、障害者の人でも健常者の人と同じように利用できるホームページを作製することができます。
ところが、これがなかなか広がっていません。政府のホームページでも、指針に従って作られていないんですね。これがちょうど出たころは、郵政省のホームページすら、画像だらけで全然この指針に従ってないという状況でした。これはどういうことだと、思わず笑ってしまったのですが、自治体になるともっとひどい所が多いですね。国の場合は、さすがにe-Japanなんて言い出していますから、視覚障害者用にきちっとしろということで、最近は、改善を進めているようです。また、自治体に向けても、総務省から、改善を求める通達を出すことになっているようです。問題はそれから後ですね。通達を受けて、自治体として、どこまで本気でやっていくのかということです。
それからもう一つは、広報紙の件です。自治体のホームページをよく見ている方は、ご存じだと思いますが、毎月1回か2回ぐらい自治体から出してる広報紙をホームページでも見ることができるようにしているところが多いですね。印刷物の広報紙と画面で見る広報紙を同じようにした方がいいであろうと、おそらく思ってらっしゃるのでしょうね、担当者の方は。それで、そのためにPDFという、アメリカのアクロバット社が開発したファイル形式なんですけれども、これが利用されています。PDFにすれば、広報紙が印刷物と同じ形で画面に表示されますし、そのままの形で印刷もできるわけですから、確かに便利です。しかし、今のところPDFは、視覚障害者にとっては全く利用できないものとなっています。先ほどご紹介したような音声読み上げソフトでは、PDFで作られたホームページは読むことできないのです、残念ながら。
最近、多くの自治体では広報紙をパソコンで、DTPと呼ばれるソフトを使って編集されていると思います。DTPから、PDFにするのは簡単なようです。しかし、ホームページで普通の文字による掲載をするために、加工するのは、手間がかかるのですね。技術的には簡単なのですが、PDFの方が手間がかからないし、見た目も良いということで、ある種のブームになっているようです。大阪では、ほとんどの自治体がこれに右へ倣えをしています。
ところで、多くの市役所では点字広報紙とか音声広報紙というのが作られていると思います。その必要性を理解して、手間と経費をかけて作製しているわけです。なら同様に広報紙をホームページに掲載する際にも、視覚障害者の人でも読めるように、PDFの広報紙ではなく、普通に文字情報で載せるべきでしょう。そうしないと、政策として一貫しないわけですよね。片一方で視覚障害者のために、そういう点字化までわざわざやってるのに、片一方では技術的に簡単なことでも手間だとやらずに、見てくれのいい方向に進んでしまうようでは、仕事として一貫しませんね。
一方、政府の方は、公文書をPDFで提供している場合は、並行して文字でも提供していることが増えているようです。おそらく視覚障害者の団体なんかからも、指摘されたのでしょう。特に、首相官邸のホームページでは、徹底していますね。自治体でも、こうしたことも考えていく必要があると思います。
こうした話を長々させていただいたのは、コストと多様性の確保の問題をどう考えるかが、非常に大事だと思うからです。ここまで述べてきましたようなインターネットにアクセスできない人たちや、したくない人たち、それから視覚などに障害を持っている人たちへの行政サービスや情報の提供を電子市役所において確保しようとすると、これはどう考えてもコストや手間がかかってしまいます。この辺をどう考えていくのか、行政の効率化とどううまく折り合いをつけていくのかは、これからますます重要な課題になってくるでしょう。
そして、こうした課題に取り組んでいくことは、結局のところ、自治体は何のために存在するのかの議論につながっていくと思います。「公共性とは何か」についての議論です。便利だということだけで考えるのではなくて、便利だけれども、とり残されていく人たちはいないのか、また自分たちが失っていくものはないのか、こうしたことについても考えていく必要があるということです。
もっとも、IT化による効率化や簡素化の問題は、障害者だとか、いわゆるマイノリティーだけの問題ではありません。文化の問題でもあると思います。気がつかれている方もいらっしゃるかもしれませんが、私の名前の(クリックすると拡大されます)の「
」の漢字は、ちょっと変わっています。レジュメの一番の後ろのところにも書いていますけれど、「黒」の文字の中は普通横棒ですが、私の場合は点々なのです。戸籍がそうなっているので、この「
」を使っています。いつからうちの祖先が、この点々の「
」を使っていたのかわからないのですが、漢字の発祥の地である中国へ行きますと、こっちが正しい字なんですね。横棒の方が後からできた字なんです。それが日本へ行くと横棒の方が正字で、点々が俗字、正確には旧字体の扱いなんですね。ウインドウズを使うと一応点々の「
」も表示してくれるのですが、インターネット上では、これは機種依存文字だとして使えません。無理に使うと、空白や他の字に化けてしまいます。仕方がありませんので、電子メールをやりとりするときには、「黒」を使っていますが、その時には、名前が変わってしまうわけです。正確に言えば、私の自己同一性が保持できないわけです。
この点々の「」は扱いとしては、当分の間、人名に使っても良いとなっていますから、まだマシなんですね。私の住んでる松原市の住民票では、ちゃんと点々の「
」になっています。世の中には、ワタナベさんとかサイトウさんとか、いろんな表記パターンがある苗字もあります。電子情報にしていく時に、これをどうしていくかを考えなければならないわけです。たくさんのパターンを使えるようにすると、これはコストがかかります。だから、一つのものにしていくべきだと議論されています。しかし、それで、本当にいいのかどうかということですね。
日本より漢字をもっと使ってる国は中国ですが、中国ではこういうことをクリアしようと考え国家的に対策をとっています。どうしてかというと、中国の場合は古典を非常に大事にします、古い昔の文学や記録、歴史書などですね。中国では、こうした古典の電子化を進めていますが、きちっと原文どおりに残そうと思うと、ありとあらゆる漢字を使わなければならないわけです。甲骨文字、亀の甲羅に刻んであるやつですが、そこまで残そうということでやっているのですね。そのためにすべての漢字を表現できる手法はないかということで、いろいろと研究をし、外国の企業とも連携しながら実際に進めているようです。
ところが、日本の場合は、電子政府に関する書物なんかを読むと、苗字に色々変わった漢字を使っているから、いつまでたっても戸籍の電子化ができない、さっさと1つにしてしまえというようなことが書かれています。これは技術の問題ではなく、コストの問題ですね。中国で頑張っているのに、日本で出来ないわけがありませんし、一緒に研究することも可能でしょう。その気があるなら、お隣りの韓国や台湾も漢字を使う文化圏ですから巻き込むこともできるでしょう。IT化を効率化や簡素化の面からばかり追求せずに、文化という側面からも、考えていく必要があると思います。何でも「便利なように」で、果たしていいのかということです。