『電子自治体』政策の問題点の第二は、個々の自治体の実情や経過などを無視し、コースもゴールも勝手に決められた一律的な押しつけ政策であり、自治の観点が全く欠落していることである。この点は、第一の「知らされていない」点と密接に結びついている。知らされていないから押しつけなのであり、押しつけだからこそ知らされていないのである。
インターネットを中心とするIT(情報通信技術)は、現段階で人類が獲得した最高の技術の一つとして、人類に豊かな暮らしをもたらすだけでなく、住民自治をはじめとした民主主義の発展にも大きく寄与する可能性を持っている。
例えば、これまで、視覚障害者が文字化された情報に接しようとしても、それが点字化されるか、音声化されない限り困難であった。しかし、インターネットのWebページに表示された文字情報なら、音声読み上げブラウザを使えば、耳で読むことが可能になる。文字情報の音声化はWebページに留まらない。パソコン、スキャナ、音声変換機能のついたOCRソフトなどを使えば、書籍などの印刷物も音声に変換することができる。
電子メールによる情報のやり取りでは、相手が健常者であるのか障害者であるのか区別することは、一般に難しい。音声に頼らない電子メールは、コミュニケーションの道具として、聴覚障害者にとっては電話よりも遥かに便利なものとなるであろう。また、手指などに障害があってキーボードのタイプが困難な場合でも文字入力ができるようにする様々な補助具やソフトウェアも開発されている(参考「こころリソースブック」)。
障害者だけではない。インターネットは、これまで意欲があっても社会参加の機会が実質的に制限されてきた高齢者の社会参加を促進する可能性も持っている。「シニア・インターネットユーザーアンケート」(平成12年版通信白書)によれば、インターネットを始めてよかった点として、7割以上のユーザーが「趣味・娯楽が増えた」、「情報収集がしやすくなった」を挙げ、また、「交流が拡大した」を挙げたユーザーは6割に上る。
もちろん、インターネットやパソコン、そして様々な補助具などを自由に利用できる人は、まだまだ限られているのが現実である。費用の点やサポート体制など解決しなければならない問題は多々あるであろう。しかしながら、ITによって社会参加の可能性が一挙に広がったのは、疑いようのない事実である。
情報の公開、もしくは情報の入手という点でも、ITは大きな力を発揮しつつある。政府がインターネットで公開している情報は、アメリカなどに比べて、またまだ少ないと言われてはいるが、それでも以前に比べれば、遥かに簡単に手に入るようになった。当サイトでは、電子自治体に関して様々な情報を提供しているが、これらの情報のほとんどは、インターネットで入手したものであり、政府機関や自治体のWebサイトからのものも多数ある。同じことをインターネットを使わずにしようと思えば、労力と費用と時間が、いったいどれだけ必要であろう。
また、入手した情報を人々に伝えるにも、情報を共有するにもITが大きな力を発揮していることは言うまでもない。インターネットなら印刷物では到底届かない人達にも、ほぼリアルタイムで情報を届けることが可能であるし、情報をお互いに出し合いながら、その量と質を高めていくことも可能である。
ITが、社会の発展と民主主義にどれだけ貢献できる可能性を持ち、また既にどれだけ現実化しているかについて、筆者の知見では全てをここで述べることは到底できない。が、豊かな可能性を秘めていることは、まず間違いないだろう。
こうした積極面を生かし、個々の自治体が、基本的人権を保障し、住民の生活をより良くするために、IT化を進めようとすることは否定されるべきものではない。むしろ、積極的に活用すべきであろう。もっとも、役所の独り善がりで進めたのでは、満足のいく結果は得られないであろうし、税金の無駄使いに終わるかもしれない。実施にあたって最も大事なのは、住民の要求に基づき、住民参加で、そして暮らしに根ざした形で行なうことである。
しかしながら、現実には、政府は自治体も含めて2003年度までに「電子化する」と決めているのである。中央政府が、中央政府の責任で、中央政府を「電子化する」と決めること自身には、その具体的な内容の当否を抜きにすれば、何ら問題はない。が、自治体も含めてとなると、憲法に規定された地方自治の本旨はもとより、地方分権の議論から見ても正当なこととは到底思えない。
「ミレニアム・プロジェクト」においては、「2003年度までに、各地方公共団体の自主的な取り組みにより、総合行政ネットワークの整備と国の霞ヶ関WANとの接続が図られることを期待する」といった地方自治を前提とした表現が見られた。
ところが、「e-Japan戦略」では、「2003年度までに全地方公共団体の総合行政ネットワークへの接続の完成を目指す」、「地方公共団体に対しては、住民ニーズなどに対応したオンライン化を計画的に実施するよう要請する」、「インターネットを活用した国民と行政の間での双方向の情報交流を強化する。同様の取り組みを地方公共団体に要請する」、「国は、早急に地方公共団体が実現するシステムの標準案を策定・提示する」などの高圧的とも言える表現に変わっている。地方自治を省みることなく、一律的に、また問答無用に押しつけているのである。
「早く早く」と急き立てる経団連の意向に沿って、国家間競争において「日本の生き残り」を図るための「構造改革」の一環として、電子政府を2003年度までに構築するには、もはや自治体の自主性などに期待してはおられないのであろう。
そしてまた、押しつけ政策であるが故に、『電子自治体』の構築に関して、政府の態度はたいへん高圧的なものとなっている。東京都杉並区は、全国で唯一、住民基本台帳ネットワークの導入に、区長自らが「個人情報の保護という観点から(住基ネットには)大きな危ぐを抱かざるをえない」(Mainichi INTERACTIVE DEGIRALトゥデイ ネットワーク 2001-01-03)として慎重姿勢を示し、住民基本台帳ネットワークに係る必要経費を2001年度予算に計上しなかった(6月議会での補正もしていない)。杉並区を除く全国3249市区町村が2001年度予算に計上しているにもかかわらずである。
こうしたことに対し「総務省は『(住基ネットの)実施が困難となったことが明らかになった時点で、住民基本台帳法違反になる。法の執行の時点で、その違法性が明白なる』との見解をまとめ、今年4月に同区に示し」(毎日新聞2001年5月19日付け)たのである。これは明らかな脅迫である。
因みに、杉並区は、この件に関して2001年2月に住民アンケートを実施しているが、回答者の「71%の239人が住基ネット導入に疑問を投げかけた一方、導入に賛成な意見はわすが7%の25人にとどまった」(毎日新聞同号)という。
政府は、「構造改革」にあたって、盛んに「自己責任原則」の確立を言う。責任を負うためには、まず決定する権利が保障されていなければならない。他人の決定したことまで、責任を負わされたのでは、たまったものではない。また、決定にあたっては、必要とする情報が公開されていなければならない。目隠しをされたままでは正しい判断はできない。
ところが、『電子自治体』については、国民に対して情報が充分公開されない中で、コースもゴールも政府によって勝手に決められているのである。自治体の決定に残されているのは、右足を先に出すか、それとも左足かぐらいのものである。これでは、自治体も住民も責任の負いようがないのである。
ところで、筆者は、ある会合で、自治体職員から「住民基本台帳ネットワークによるICカードには様々な問題点があることはわかる。しかし、免許証など身分を証明できるものを何も持っていない高齢者の人たちなどからは、市民カードのようなものを役所で発行して欲しいと言う要求はある。どう考えるべきか」と質問を受けたことがある。
これに対し、筆者は「そういう要求があり、役所としても必要と判断するなら発行すれば良い。ただし、住民基本台帳ネットワークとは別の話であり、あえて関連付けなくても発行できる。プラスチックカードに写真を貼っておけば取りあえずの用は足るはずだ。プライバシーの漏洩の可能性の高い危険なICカードにしなければならない積極的理由はないと思う。高齢者に配るなら、なお更である。もっとも、住民の総意として、メリットもデメリットも理解した上で、それでもICカードをというならそれもありかもしれない。あくまでも、住民も含めた自治体としての判断が大事なのである。うまくいくのも、失敗するのも自治体の、そして住民の責任である。手の届かないところで決められて、一方的に押し付けられることにこそ問題があるのだ」と答えた。
インターネットによる申請や届出についても同様である。やるのか、やらないのか、やるならどこまでやるのか、こうしたことは全て住民の意志に基づき自治体が判断すべき問題である。高齢化が進み、独居老人が増えている自治体であれば、全ての高齢者が自由に使いこなせるようになるとは到底考えられないインターネットに財源や労力を注ぎ込むよりも、自治体職員などによる戸別訪問システムにでも力を入れた方が、遥かに効率的であり、何よりも人間的である。申請や届出が必要であれば、インターネットなどなくても、その時に用件を聞いて持ち帰り、次の訪問の時に返せば良いのである。個人情報の漏洩についても、守秘義務が課せられた公務員であれば何ら問題はない。
また、役所が身近にあり、親しい職員がいくらでもいるような小さな自治体であれば、やたらに詳しいWebサイトを構築したり、ネット上で双方向に情報をやり取りする必要もないであろう。印刷物の方が安上がりかもしれないし、読む方にとっても、ディスプレイに表示された文字を追うよりも、見馴れた活字の方が楽ではないだろうか。双方向という点でも、メールのやり取りよりも、最近流行りの「タウンミーティング」でもやった方が、直に話ができておそらく好評であろう。
逆に、若者が集中し、インターネットの利用率が高いような自治体であれば、インターネットをフルに活用したまちづくりも考えて良いだろう。公聴会を開くよりも電子掲示板、広報紙や回覧版よりもWebサイトの方が効率的であろうし、住民自治にもつながるかもしれない。もっとも、この場合でも住民の権利を守るという点から、インターネット以外のチャンネルを用意しておく必要はある。
要するに、電子自治体は、それぞれの自治体で、それぞれの条件に応じて考えれば良いことであって、政府から一方的、かつ一律的に押し付けられるような筋合いのものではないということである。
2001年6月14日、地方分権推進委員会は最終報告を小泉首相に提出した。最終報告は、「分権改革の理念・目的」の中で、「従来の中央省庁主導の縦割りの画一行政システムを住民主導の個性的で総合的な行政システムに切り替えること、『画一から多様へ』という時代の大きな流れに的確に対応することを今次の分権改革の基本目標に設定した」と述べている。しかしながら、分権改革の成果は、第1次分権改革と呼ぶべきものであって、今後、その完全実施とともに、さらなる改革が必要だと、「地方公共団体の事務や執行体制に対する義務付けや枠付け等の大幅緩和」、「『地方自治の本旨』の具体化」などを課題として上げている。
この最終報告に盛り込まれた提言と、『電子自治体』政策との間に横たわる埋めようのない溝を小泉政権は、どう処理するつもりなのか。地方分権など、「構造改革」の前には、あってないが如しとでも思っているのだろうか。