自治体情報政策研究所 電子自治体情報
合併特例債の使い道  100億円で光ファイバーを買うまち

↑ 戻る

 当研究所代表の黒田充が執筆し、月刊誌『住民と自治』2005年5月号(自治体研究社)に掲載されたものです。

全国初電子投票のまち記念碑雪に煙る新見市市街まなび広場にいみまなび広場にいみ 大ホールまなび広場にいみ 生涯学習センター憩いとふれあいの公園温水プール建設工事筆者講演会夕刻の新見駅ホームにて 3月半ば、山間のとある駅を降り立った筆者の目に止まったのは、駅前広場に立つまだ真新しい石碑であつた。そこには「全国初電子投票のまち記念碑」との文字が誇らしげに青く彫り込まれている。そうここは、2002年6月、市長と市議の選挙を日本で始めて電子投票で実施したあの岡山県新見市である。

■ 全国初のIT政策が

 今、この地では再び全国初になるであろうIT政策が進めらている。新見市は3月末に隣接する4町と合併し、人口37,000人の新しい「新見市」(以下「新市」)になるのだが、その全世帯12,500に光ファイバーをつなごうというのだ。その名を「ラストワンマイル計画」という。2005〜07年を事業年度とし、事業費は100億円、財源は合併特例債と補助金を充てるという。

 新市は過疎地域であり、採算性から民間企業が光ファイバーなどブロードハンドサービスを展開することは望めず、今後もインターネットを快適に利用できない。そのため都市部との情報格差が拡大する。また、2006年から岡山県でも始まる地上デジタルテレビ放送に、山がちな市域に散在する難視聴対策の共聴設備や共同アンテナは対応できず、このままではアナログ放送が打ち切られる2011年7月以降、住民はテレビを見ることができない。ために、光ファイバーを全世帯につなぎ、これにインターネットだけでなく、デジタルテレビ放送をも載せる事業「ラストワンマイル計画」を実施しなければならない。また、光ファイバーをつなげば、一般の電話に比べて低額で利用できるIP電話や、集落毎にスピーカーを設置している現在の防災無線に代わって災害情報等を各世帯に直接伝えるための告知放送端末も利用できるようになる。これが計画を進める新見市の主張である。

 新市では4月に新しい市長と市議を選ぶ選挙が行われる。「ラストワンマイル計画」が重要な争点になるかどうかはまだ不明である。しかし、この計画が住民にとって本当に必要なのか、100億円もの支出は妥当なのか、それを知りたいと地元の市民団体から講演の依頼を受けたのが、筆者が新見駅に降り立つことになった経緯である。

■ なぜ、そんな投資が

 ところで、総務省は、2005年までに世界最先端のIT国家となることを目指す政府のe-Japan戦略に基づき、2005年度までに3千万世帯が高速インターネットに、1千万世帯が超高速インターネットに常時接続できるようにすることを目標に「全国ブロードバンド構想」(2001年)を策定している。特に過疎地域の町村に対しては加入者系光ファイバ網設備整備事業補助金を創設し、これまでに10を超える町村でインターネットへの接続環境の改善を進めてきた。岡山県内では2002年度から建部町が、2004年度から勝田町が、この補助金を受け事業を進めている。新市は「市」であるためこの補助金を使うことはないだろうが、「ラストワンマイル計画」が電子投票と同様に総務省の意向を受けたものであることには間違いはないであろう。

 では、冒頭に書いた全国初とはどういうことか。各地の事業費を見てみる。建部町(世帯数2,500)は3億2千万円、勝田町(同1,400)は9億8千万円、また宮崎県木城町(同2,100)は4億2千万円、秋田県矢島町(同1,800)は3億3千万円。これに対して新市は100億円と抜きん出ている。世帯数だけでなく、その分布や市町村の面積、地形、インフラの整備状況など様々な要因が事業額に影響するであろうが、新市が特に高額なのは、全ての世帯への光ファイバーの引き込み工事まで事業に含めているためである。一般にこうした事業の場合、光ファイバーが来るのは最寄りの電柱までであり、引き込むための経費は住民負担である。もちろん、引き込むかどうか、すなわち光ファイバーを利用するかどうかは住民の自由選択である。例えば、2002年度事業開始の矢島町の場合、加入者は工事費含む初期費用31,500円が必要となっており、2004年6月末の加入率は18%である。一方、新市は、告知放送端末を全世帯に配置することを理由に、希望の有無とは関係なく全世帯で光ファイバーの引き込み工事を実施する予定だ。住民に利用するかどうか選択する余地が全く残されていないという点で、全国初なのである。

■ 理由にならない理由

 本当に、ここまでする必要はあるのか。新見市が計画の必要性として最も強調するのは「2011年7月のアナログ放送打ち切り」である。確かに政府の計画はそうなってはいる。が、現実はどうか。長野県は2004年8月の全国知事会に、地上デジタルテレビ放送の計画を見直すべきだとの意見書を提出している。(1)1億2〜3千万台ある国内のテレビを2011年までに全てデジタル対応にできる可能性はない (2)2011年時点で全国2割の世帯で民間放送が受信できなくなる (3)デジタル化投資により地元のニュースを伝える地方民間放送局の経営が圧迫されサービスが低下する (4)地方の小規模ケーブルテレビ、大都市の難視聴解消ケーブルテレビ、各地の共同受信設備などのデジタル化はコスト面から困難であるがその理由だ。同様の指摘は放送の専門家からも出されており、「2011年アナログ放送打ち切り」が現実になるかは極めて怪しいという。デジタル化は新見だけの問題ではない。全国に先駆けて巨費を投じ大急ぎで光ファイバーを引くよりも、成り行きを冷静に見守る方が得策であろう。

 また、IP電話には、110番や119番への緊急電話や、0120で始まる番号へはつながらない上、停電すると使えなくなるなど問題点が数多くある。告知放送端末も停電すればアウトだ。新見市には、現実に台風被害による停電が数日続いた地区もあり、これでは災害に対応できない。  そしてインターネットだが、高齢化率が3割を超す合併後の新市で、どれだけの住民が利用するのか。新見市は利用希望調査などは実施しておらずどうなるか全く不明である。もちろん、インターネットをブロードバンドで利用したという住民も少なからずいるのは間違いないであろう。しかし、その方法は100億円も使って光ファイバーを市に引かせる以外にないわけではない。新見市と合併する哲西町(人口約3200人)では、町の8割の世帯をカバーする地域で40MbpsのADSLサービスを岡山市の民間企業が、初期費用11,596円、月額使用料4,929円で提供している。このサービスは、哲西町の住民が当該企業に熱心に働きかけたことからスタートしたという。一般に、ADSLの場合、一つの電話局で200世帯程度が利用すれば採算が取れると言われている。哲西町の過疎化や高齢化は新見市以上である。新見市の主張する「今後も民間事業者がブロードハンドサービスを展開することは採算性の点から望めない」は事実なのであろうか。新見市が、民間企業への調査や、働きかけを本気で行ったとは聞かない。

■ もっとやるべきことが

 新見市は、これまでに「いぶきの里スキー場」(事業費16億円)や、大ホール(1001席)などからなる「まなび広場にいみ」(同50億円)、2005年岡山国体に向けた「憩いとふれあいの公園」(同15億円)、大規模温水プール(同20億円)など大型公共事業を次々に行ってきた。地方債残高は2001年度決算で326億円(1人あたり133万円)に膨れあがっており、合併後には4町の債務が加わり700億円を超える。しかし、「ラストワンマイル計画」を目玉とする新市建設事業では合併特例債164億円(「新市将来構想」2003年3月)を借りるとしており、ために2011年度の公債費支出は歳出総額の28%に達するという(「新市建設計画」2004年6月)。  一方、新見市では、市立保育所が3園から1園に統合され待機者があふれ、小学校の統廃合も進められている。また、常駐の小児科医がいないため、子どもが熱を出すと夜中でも峠を越え、時には吹雪をついて、隣の鳥取県日南町に連れて行くという。こうした話を聞いて、一世帯あたり80万円もの費用をかける「ラストワンマイル計画」より前にやるべきことがあるのではないか、あてにならない「2011年アナログ放送打ち切り」を半ば脅しにして計画の推進を迫るのは卑怯ではないかと、筆者は思わずにいられなかった。

 新自由主義的改革を進める小泉政府は、経済のグローバル化への対応として土建型国家からIT立国への転換を図り、福祉・教育・医療を切り捨てる一方、鉄とコンクリートからITへと公共事業のシフトを進めている。新見市はまさにその最先端に位置しているとともに、ある意味日本の縮図でもある。であればこそ、住民の良識で「ラストワンマイル計画」を頓挫させることができれば、日本にもまだ希望があると言えるのではないか。この季節には新見市でも珍しいという積雪の中を瀬戸内へ向けて走る列車の中で揺られながらそう思った次第である。

 
 

↑ 戻る

カウンター from 2006.1.10