![]() | 第28回自治体政策セミナー・専科「住基ネットと自治体の情報化を考える」講義要旨 |
政府は、なぜ国民世論に反して住基ネットを急ぎ稼動させたのか。自治体職場に配られる1人1台のパソコンは、何のためなのか。自治体には金も人もない。電子自治体は実現しうるのか。電子化によって、自治体は、地域は、職場はどうなるのか。こうした疑問について考えてみたいと思う。
「2005年までに世界最先端のIT国家となる」ことを目指すe-Japan戦略(2001年1月)は、電子政府・電子自治体(電子情報を紙情報と同等に扱う行政)をIT国家の基盤と位置付け、2003年度までに実現する必要があるとしてきた。
電子政府・電子自治体は、政府・自治体と住民・企業との、また政府と自治体との情報交換の電子化を目指しており、そのためには、(1)本人確認のための住基ネットに基礎をおく公的個人認証サービス(インターネット上の印鑑証明) (2)申請・申告を処理する受付システムと内部処理システム、公金の収受システム(マルチペイメント) (3)政府と自治体とをつなぐネットワーク(総合行政ネットワーク:LGWAN)が必要だとされ、その構築が急ぎ進められている。
電子政府・電子自治体の構築は、同時に、市場規模5兆円といわれる新しい公共事業(IT不況対策)としての側面をも持つており、ICカードを第二の自動車にしようというような輸出産業の育成政策としても進められている。
今年の8月から、住民票の広域交付、転入転出手続きの簡素化、住基カード配布の第2次サービス(本格稼動)がスタートする。ネット上を流れる情報が拡大し、漏洩・不正侵入の危険性が増大する。また、住民基本台帳法の再改正を含む電子政府関係三法の成立により利用事務が93から264に拡大している。一方、制定が約束されていたはずの個人情報保護法案の行方は不透明なままである。
今後、行政機関が保有するデータベースへの住民票コードの記載が進められていく。都道府県の独自利用も進む可能性が大きい。また、住民票コードが納税者番号に転用されれば、民間利用も非合法から合法になる。政府と企業による住民票コードをキーにした名寄せが現実のものになる日も近いと思われる。住基ネットによって、市町村の住基業務は変容し、住民の個人情報を預かり守る自治体から、国と企業に提供し流通させる自治体へと変わっていくのである。
磁気カードに比べ大きな記憶容量と高いセキュリティを持つICカードが、生活の様々な分野で使われ始めている。公的分野では、住基カード、健康保険証、介護保険証、図書館カード、施設利用カード、運転免許証、診察券、職員証などとして、民間分野では、クレジットカード、キャッシュカード、電子マネー、定期券、社員証、学生証などとして。
一つのICカードに様々な機能を集約しようとする二つの動きが政府にある。一つは、公的分野における連携ICカード(IT装備カード)を進める経済産業省であり、もう一つは、条例を定めれば多目的利用も可とする住基カードの総務省である。どちらがどれだけカードを配れるかの両省による主導権争いが繰り広げられている。住基ネットへの国民の反発を受け立場が苦しい住基カードは、民間利用へのハードルを下げ挽回を図ろうとし、経済産業省は普及の妨げとなるとして、住基カードの切り離しを図っている。一方、厚生労働省による健康保険証のICカード化は健保財政の問題もあり微妙だ。
インターネットによる電子申請・電子申告、商取引などには、成りすましを防ぐため相手が本当に本人なのか確認する必要、すなわち個人認証が必要である。個人認証における最も大事な点は、個人情報が間違っていないことである。公的個人認証が、最も正確かつ最新の個人情報が載っている住基ネットに基礎をおくのはこのためである。市町村が電子証明書の申請を受付け、都道府県が発行し、市町村がこれを交付する公的個人認証は電子政府関係三法の成立によって2003年中にスタートすることになった。住基カードは電子証明書の入れ物としても使われる。
自治体それぞれが、システム開発し設備を整えていたのでは、電子自治体は2003年に間に合わない。そこで、事務の標準化(「自治事務等に係る申請・届出等手続のオンライン化の推進に関する政府の取組方針」行政情報システム各省庁連絡会議、2000年12月)や汎用システムの開発、都道府県の主導による市町村共同システムの構築が進められている。
また、ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)やIDC(インターネット・データセンター)などアウトソーシング(外部委託)への期待も高まっている。片山総務相は、アウトソーシングを窓口業務システムから始めて内部管理システムまで進める、コストの大幅削減と雇用創出等地域経済の活性化を図る、システムの共同化で合併の促進を図るとしている(経済財政諮問会議、2002年4月)。総務省2003年度予算概算要求には、共同アウトソーシングの推進のためにモデルシステムを開発し、実証実験・検証を実施するために32億円が計上されている。
既に、ASPによる共同運営方式の電子申請実験である電子自治体推進パイロット事業が2001年度から行われている。また、大阪府ではアウトソーシングによる総務サービスシステムが7年間の長期契約で始まっている。
LGWANは自治体相互だけでなく、民間も含めたASP事業者やIDCをつなぐ役割も果たす。自治体は、LGWANにつながったIDCと個別に契約し、ASPを利用することによって、職員は机上のパソコンで電子申請等の事務を処理することが可能になる。
今後、アウトソーシングによるコールセンターの設置や、窓口の機械化・集中化が進む可能性が大きい。コンビニでも、郵便局でも行政手続きが可能になり、また、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネージメント)の導入も進み、自治体職員と住民の接点は大きく変容すると思われる。
民間の手法(ASP、IDC、CRM………)を公務へ持ちこむことによる新しい市場の創出に期待が高まっている。導入時に損をしても、後年度(管理運用、拡張……)で稼ぐ安値入札や、相次ぐパッケージソフトの開発・販売によるシェア争い(NTT、富士通、日立、NECだけで官公需の59%をしめる)が激化している。
電子自治体先進都市を自称する札幌、三鷹、横須賀、金沢、浜松、羽曳野、岡山、北九州による電子自治体市長会議(E8)が2002年7月に設立されるなどの動きもあるが、全体として電子化への自治体間の温度差は大きい。財政問題や合併問題、施策の優先順位などお家の事情もあり、積極推進派、政府追随派、慎重派、様子見派などに分かれている。一方、都道府県は、自らの電子化だけでなく市町村への電子化の督促と支援、共同化の提案などの役割を担わされている。
政府の示す「標準仕様」に基づいて、大手メーカーが作成した「標準システム」が実装されたIDCのコンピュータをLGWAN経由で使い、業務を行なう自治体が出現することになる。共同システムのため自治体の独自性の発揮は困難となり、コンピュータで処理できるかどうかが、業務の取捨選択の基準になる。住民の自治体への期待も失われる。
住民との接触機会の減少により自治体職員から現実感や住民への共感が失われる。また、業務の自動化による、知的熟練・専門性も不要となる。
また、「自己責任社会」「努力をした者が報われる社会」を目指す小泉構造改革のもと、低所得者や高齢者を中心としたITの利用が困難な住民の切捨ても進行する。eデモクラシーについても、インターネットが必ずしも匿名ではないことにより少数意見を表明することが困難になることも含め、エリート民主主義に陥る可能性は大きい。
小泉構造改革は、自治体に市場化と広域化をもたらす。経費削減のための委託化・民営化ではなく、儲ける場所を提供する市場化の波は、電子自治体の構築によって、現業部門から事務部門へと広がる。また、電子自治体構築は、合併を促進するだけでなく、システムの共同利用によって合併しなくても自治体の個性を喪失させる。
また、自治体は、有事体制を支える地方行政組織の役割(国家による個人情報の管理・統制の下支え)を果たすことになる。
「すべての自治体が、すべての行政手続きを」といった電子自治体は、そもそも必要なのか。住民の要求や生活実態に基づく自治体の自主的な判断「今、何をなすべきか」が、必要なのではないか。そのためには、政府・財界の動きをトータルに捉え、思惑を探り、地域住民に知らせるとともに、専門家として点検し、問題点を住民の立場から具体的に指摘することが必要ではないか。そして、今、求められているのは、できるが、やらない勇気と決断ではないか。