![]() | 第27回自治体政策セミナー・専科「電子自治体 〜地方自治の根幹が揺さぶられている〜」講義要旨 |
◆ 政府は、世界最先端のIT国家の実現を5年以内に目指す国家戦略「e-Japan戦略」を2001年1月に決定した。戦略は、03年に電子情報を紙情報と同等に扱う電子政府(中央政府と全自治体が対象)を実現するとしている。電子化された市役所では、「パソコンは職員1人に1台配置され、庁内LANで相互に接続され、インターネットへも常時接続される。電子メールアドレスが職員各々に配られる。文書の電子化、データベース化により役所内の情報共有が図られる。庶務事務や会計事務などが電子化される。住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)が稼動し、住民にICカードが配付され、個人認証サービスが始まる。政府や自治体間の文書交換は、総合行政ネットワークにより行なわれる。電子調達・電子入札が行なわれる。届出・申請等が税申告も含めインターネットにより行なわれる。投票に電子機器を利用する。ホームページやメールマガジンなどが住民への情報提供の主流となり、住民参加にも電子メールや電子掲示板が使用される」。
◆ これまで多くの自治体で行政情報化が進められてきた。補助金等による誘導もあったが、あくまでも自治体の判断で必要に応じて行なってきた。しかしながら、今回、政府は、地方自治を考慮することなく電子自治体の到達目標と実現年次を一方的に決定した。「世界最先端のIT国家」において、電子自治体は、電子政府とともに「ITがもたらす効果を日本社会全体で活用するための社会的基盤」だと位置付けたからである。バブル崩壊後、長期低迷を続ける日本経済を尻目に、米国は経済成長を続けてきた。ITがその原動力だと言われている。日本政府や経済界は、IT政策を進めなければ、景気回復どころが、韓国や中国、シンガポールなどアジアの国々に追い抜かれると危機感を募らせている。小泉内閣もITを「構造改革」の主要な柱に据えている。また、IT関連企業の業績は悪化し、リストラが進められるなどIT不況が深刻化している。ために、中央省庁向けだけで2兆円、自治体向けなども含めるとその3〜4倍の市場規模と見込まれる電子政府・自治体の構築に、新たな公共事業(=景気対策)としての注目が集まっている。
◆ 全国どこの市町村でも住民票が取れ、転出時には転出元の市町村の窓口に行く必要はなくなり、国や都道府県への申請に住民票を付けなくてすむ。こうしたサービスを実現するためとして住基ネットの構築が、02年8月稼動に向けて進められている。住基ネットは、市町村と都道府県、そして全国センターである(財)地方自治情報センターの各コンピュータと、これらを結ぶ通信回線からなる。住基ネットには本人確認情報(氏名、生年月日、性別、住所、住民票コードと、これらの変更情報)が流れる。住民票コードは、全国民に新たにふられる11桁の番号だが、多くの国民は番号が付けられることなど知らないであろう。国民各自への通知は、02年8月に市町村が行なうが、大混乱が起きる可能性もある。
◆ 住基ネットの構築費として、総務省は03年度までに約320億円を、また運営経費として以後毎年180億円を支出するとしている。が、この中に人件費は入っていない。自治体の経費全てを含めると、もう一桁上になるとも言われている。なぜ、政府は住基ネットに、このような多額の経費をかけようとするのか。それは、住基ネットを個人情報の集約・管理と、インターネット上での個人認証に使おうと考えているからである。
◆ 住民票の広域交付などのサービスを受ける際に必要となる住基カードが、03年8月以降、希望する住民に対して市町村から交付される。住基カードには、キャッシュカードと見た目は変わらないが、8000字程度の情報を記憶できるICカードが使われる。政府は、この大きな記憶容量を使って、図書カードや介護保険証、健康保険証、診察券などの機能を住基カードに持たせることを計画しており、クレジットカード等の付加も検討している。
もう一つ、住基カードの役割として期待されているのが、インターネット上の印鑑証明である個人認証サービスである。住民は、自分の電子署名をあらかじめ市町村に登録し、その電子署名が正当であるとの電子証明書の交付を受ける。電子申請の際には、電子申請書類に、電子署名と電子証明書を付けることで、本人であることを申請先の役所に示すことができる。電子署名は、電子証明書ともにICカードに収められ、電子申請の際には、パソコンに挿入されて使われることになるが、住基カードが有力視されている。
もっとも、個人認証は電子申請だけに使われるのではない。インターネットでの商取引を盛んにするには、本人確認のシステムが必要であるが、自治体の個人認証サービスは、公的な本人確認として期待されている。また、電子申請では手数料等の納付が、商取引では代金支払いが必要であるが、住基カードに個人認証の機能と伴にクレジットカードの機能が付けば解決する。さらに、企業は、顧客の個人情報が詳しくわかれば、商品やサービスをより効率的に提供でき、利益を増大できるであろうから、クレジットカードでの購入記録と住基カードの個人情報を結びつけることも想定される。経済産業省が、01年秋から全国21の地域で数百万人を対象に、決済機能も含めた多機能な住基カードの実験を始めたのは、こうした思惑からである。
◆ 9・11テロ事件の後、身分証明書の携帯を義務付けようとする国が出てきている。個人情報を満載した住基カードは、不審者の身元確認にたいへん有効である。住基ネット導入の議論の中で、小沢一郎は「公安秩序管理のために住民票コードを使うのでなければ意味がない」と公言した。小泉内閣は「骨太の方針」で、社会保障番号制の導入を検討するとしており、また、財務省は納税者番号の導入を長年試みてきたが、住民票コードを使えば解決する。住民票コードは、国民総背番号として、多方面から期待されているのである。
もっとも、国に管理されるのは嫌だ、番号もカードも要らないという国民も多いであろう。が、番号を拒否する法的術はない。また、健康保険証等の機能が備われば、住基カードを持たずに生活はできない。本来、住民登録は、市町村が住民サービスを提供するための基礎資料であり、住民は市町村からサービスを受けるために個人情報を預けてきた。しかし、住基ネットによって、住民登録は、国民管理や治安対策、そして企業利益のためのものへと、大きく変質させられ、自治体職員の仕事の性格も大きく変わることになる。
◆ 政府は、自治体間に交される文書の全てを2003年度までに電子文書にするとして、全自治体を結ぶ総合行政ネットワーク(LGWAN)の構築を進めている。また、LGWANは中央省庁のネットワークである霞ヶ関WANとも結ばれ、政府からの文書も全て電子文書となる。これにより、文書の到達時間は短縮され、発送の手間も軽減される。しかし、政府から自治体への文書が増える可能性もある。特に、「お尋ね」や「お知らせ」と題した私文書のような電子メールが市役所に、毎日、続々と届くかもしれない。電子メールは宛先が1ヶ所でも3300でも手間は変わらないからである。また、自治体から統計データを送る場合も、LGWANを通じて政府のコンピュータに届き、直ちに集計されるため、政府側の手間やコストは大幅に削減される。そのため、調査項目が今以上に細かくなる可能性もある。しかし、政府がこうして集めたデータを自治体が自由に閲覧できる保障はない。さらに、国の法令や通達、統計、他の自治体の条例や事業計画などの行政情報も、LGWANによりパソコンで閲覧することになる。また、行政情報を載せる掲示板も用意されているが、自治体への情報提供をこれで済ませ、知らされていないと自治体が言っても見ないものが悪いと政府から言われるかも知れない。03年度までに庁内LANで結ばれたパソコンを職員1人に1台配置せよと、政府は自治体に指示しているが、そうしないとLGWAN稼動後には、公文書収受も、統計処理も、情報取得もできなくなるからである。
LGWANには自治体間の電子メールも流れる。しかしながら、政府がメールの内容をチェックすることもあり得る。市長や、議員間の、また他市職員とのメールに、政府批判の文言を挟むことは避けた方が良いであろう。LGWANは、情報の交換、共有と言いながらも、現実には、政府が自治体への指示命令を敏速に伝える伝令管に、また、自治体の情報を吸い上げるスポイトになる危険な可能性を持っているのである。
◆ LGWANには、もう一つの重要な役割がある。01年10月17日付けの朝日新聞は、「役所への届け出、大半はネットで 総務省が計画」と題して、03年度までにインターネットを通じて国や自治体への申請・届出の95%を可能とする電子政府・自治体推進計画を総務省が公表したと報じた。大方の自治体職員にとっては、寝耳に水であり、「準備などできていない、とても無理」が率直な感想であろう。しかし、実際には、政府は準備を着実に進めている。それは、自治体が行なっている申請・届出等の手続の標準仕様の策定と、これに基づく標準システムの構築である。
総務省は、01年の秋から自治体の規模や能力などに関わらず受付業務ができるようにと、横須賀市・大垣市・園部町(京都)・岡山市など9市町村で、先行的に標準システムの構築を始めた。電子申請は共同利用のセンター施設のコンピュータが受付け、LGWANによって当該市町村に送られる。このシステムが成功すれば、他の約3240市町村は、この共同システムか、新たに作られるであろう同様のシステムに参加すれば、03年度には政府の計画通り大半の手続をインターネットで受付けることが可能になるだろう。しかし、こうした共同システムを使えば、市町村の判断による独自の受付業務はできなくなる。申請は施策と密接に結びついているから、とどのつまり機械に合わせて施策を行なうことになる。
また、経団連は、00年8月に政府に示した「『一つ』の電子政府実現に向けた提言」において、建築確認は企業の事務処理負担の軽減のために全国共通の手続(様式・添付書類等)にし、インターネット上に設けた共通の「一つの窓口(=『一つ』の電子政府)」への申請だけで済ませろと提言している。自治体は、安全で良好な住環境を維持するために建築確認の申請時に、独自のまちづくり条例などをもとに行政指導を行なってきた。財界の要求が通れば、こうした努力は全て水の泡だ。提言は、道路占用手続などについても同様の主張をしている。政府が、自治体に対する申請等の手続の標準化と標準システムの構築を進める背景には、こうした財界の思惑がある。彼らは、電子自治体の実現で利益追求の邪魔になっている規制(=「地方自治」)を実質的に取っ払おうと考えているのである。
◆ 「電子自治体」では、職員が住民と直接接触する機会は減少し、住民や地域をパソコンを通して見ることになり、リアルに掴めなくなるであろう。機械で処理可能かどうかが、施策を実施する上での判断基準になるであろう。電子申請に対する判断の多くが、コンピュータによって自動化されれば、職員としての知識や経験は重視されなくなるであろう。
◆ 地方自治を骨抜きにする電子自治体構想は、自治体抜きで決定されてきた。「2003年に電子自治体を実現」は、e-Japan戦略の目標だが、決定に自治体の意向が汲まれた形跡はない。自治体を実質的に拘束する総務省による事細かな計画も、一方的に決められた。首長や議員、職員など自治体関係者の大多数は、その内容について知らず、国民的な議論もなく、財界の意向を受けた政府と官僚、財界により遮二無二進められているのである。ために、電子自治体構想は、住民の要求や生活実態に見合ったものとはなっていない。また、経済的な理由や身体的な障害などによりインターネットを利用できない、パソコンを使えない住民を切り捨てることになるであろう。
◆ 行政の情報化そのものが否定されるわけではない。インターネットは、人類が20世紀に発明した偉大な道具、未来を切り開く可能性を持った道具の一つである。一部のものの利益に奉仕するのではなく、圧倒的多数の国民の利益に適う形での利用を図ることが必要であろう。そのためには、一つは、政府や財界の計画と意図を徹底的に暴露し、国民的な議論を巻き起こす。二つには、自治体が進めるIT政策を政府追随ではなく、地域住民の要求・くらしに見合ったものに転換させる。三つには、「良いサービス」とは何か、自治体の存在意義とは何か、公共性とは何かを、あらためて問う議論と運動を進める。そして最後に、ITを地方自治、とりわけ住民自治に生かすべく、政策を積極的に提案し、自ら実践することも必要であろう。