『電子自治体』政策批判 3−(5) 

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3.『電子自治体』政策の問題点(続き)

5) 自己責任論による切捨て政策

執筆中

 第五に、IT化ができない、したくない国民、住民を置き去りにしようとしている点である。

 政府は、「住民がIT講習を受ける機会を飛躍的に拡大させるため、地方公共団体が自主的に行う講習会の開催を支援することとし、そのために都道府県に対して交付金を交付」する制度、「情報通信技術(IT)講習推進特例交付金制度」を2000年度補正予算で創設した。 いわゆる「IT講習」事業である。この制度は、国民的な不評を買ったため提案直後に没になった堺屋経済企画庁長官(当時)の「IT受講カード構想」に代わって、規模を縮小し、政府に代わって自治体が実施することにしたものである。
 「IT講習推進特例交付金」は、自治省(現、総務省)から都道府県に対して交付される交付金で、自治体がIT基礎技能講習の開催を推進する事業に充てられ。具体的には「都道府県は、交付金により講習事業を実施することとし、市町村が講習事業を実施する場合には、都道府県から10/10の補助金を市町村に交付する。都道府県がこうした事業を行うための基金を設置する場合には、そのための経費に交付金を充てることができる」ものであり、予算額は54,549百万円となっている。
 講習の内容は、「インターネットが使えるようになるために必要な基礎技能(パソコンの基本操作・文書の作成・インターネットの利用・電子メールの送受信)の習得」で、講習場所は小・中・高等学校、庁舎、公民館、図書館、博物館、その他地方公共団体の施設、大学・短期大学、民間施設等、受講可能人数は約550万人程度(対象は成人)、講習時間は12時間程度と決められている。
 「IT講習」事業には、講師の確保 ―― 人数だけでなく質も含めて ―― 、施設の確保と整備、そして肝心の対象者の確保 ―― 一部定員割れの報道も ―― などの問題もあるが、より本質的な問題は、地域の実情や住民の要求に基づくことなく全国一律的に実施されていることである。

 一方、財界は、政府や自治体がIT化すれば、中小企業なども含めて国民は自ずとIT化せざるを得なくなると、あくまでも自己責任と嘯いている。
 経団連が同年2月20日に示した「『e-Japan戦略』実現に向けた提言」の「実質的に全ての行政手続のインターネット化」の項では、「2003年度までに実質的に全ての手続をインターネット化すべきである。この目標の実現は、あらゆる国民と中小・零細企業を含めた全ての企業に、IT活用の強い動機を与え、わが国の経済活力の拡大に大きく貢献する」としている。これは、国民と中小・零細企業を含めた全ての企業を、主体的な意志とは関わりなく「IT化をせざるを得ない」ところへ追いこんでいく上で、「電子政府の実現」が経済界にとって極めて有効な手段であることを示している。
 また、同提言は、「オンラインの行政手続・サービス利用に関するインセンティブ等を早期に提示することによって、全ての国民、中小・零細企業を含むあらゆる企業の電子政府への期待値を高め、積極的利用を確保すべきである。これによって、役所の関連事務の電子化を加速することが可能になる 」と「電子的行政手続・サービス利用のインセンティブの導入」を提案している。具体的には、

(A)【2001年度早期】具体的インセンティブの決定・導入
 インターネットで行った行政手続に関しては、英国等の例にならい、例えば納税額を一律2000円減、手数料1割減等のインセンティブを決定すべきである。
(B)【2001年度早期】手数料後納制度等の導入
 インターネット化された手続の利用を促進する観点から、手数料の一括後納制度の導入等につき、検討を行い、これを導入すべきである。

 経団連の提案は、インターネットへのアクセスを自由にできる ―― 技術的にだけでなく、通信料金の負担を気にせずに ―― 層にとっては、朗報であろう。しかし、こうしたインセンティブは、所得格差を背景とするデジタルデバイドをより拡大し、所得格差をも広げる役割を果たすであろうことは、論ずるまでもないことである。

 森首相の提案した「IT国民運動」は、「世の中に取り残されてもよいのか」と迫る脅迫政策である。

 そして、最も重大かつ基本的な問題点は、電子政府を推進する側に、全く民主主義の観点がないことである。国民、住民は、税を支払い、その対価としてサービスを受ける者としてのみ捉えられている。税やサービスのあり方そのものを決める主権者としては、捉えられていないのである。

 インターネットへのアクセスは、国民の「義務」ではなく、「権利」として捉える必要がある。アクセスしたい人は、誰でも、どこでも、簡単かつ安価に利用できるよう、「権利」を保証するのが政府の責務であろう。アクセスしなければ社会生活が満足におくれない、国民としての権利が保証されない、また行使できない状況に追いこんで、無理やりインターネットにアクセスさせようとするようなやり方は、言語道断である。
 と同時に、アクセスしたくない人々の基本的人権を守るために、インターネットを使わなくても同様の権利を行使できるように、コストがかかったとしても複数のチャンネルを提供すべきであろう。

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